きらいでもいいから、

 

わたしは自分のことがあんまりすきじゃない。

でも自分からもう離れてしまいたい、
と思う一方、
わたしは自分に手放されないよう必死にしがみついてるのかもしれない。

ここで言う「わたし」は「自分」に持たれた風船みたいなものと
思ってもらえるとちょっとわかりやすいかな?と…

「自分」は風船が飛ばないように握りしめていて
「わたし」は飛ばされないよう必死、ということです、
そしていまは、「わたし」の立場で文章をかいています。

(この時点でくじける方続出の予感、ごめんなさい!)
(続きも読んでもらえるとうれしい)

自分のことがすきか、と聞かれたらすごく困ってしまいます。

前回の記事で、
自分のことを認めていない・必要としていないからわたしはさみしかったんだ、
と気付きました。

でもそれは、自分のことをなんにも愛していない
ということとはまたちょっと違うからです。

わたしは自分に期待をしてしまう。
でも自分はわたしの思うように動いてくれないから認められないし必要とできない。

それは嫌い、という感情とはまた別で、
もし期待を愛と呼ぶならわたしはすごく自分を愛してることになる。

だから困ります。

すきになりたいか、と聞かれても困りますね。
すきになりましょう!!!って言われたらもっと困る。

わたしは、昔から自分に対して完璧主義なところがあって、
だから完璧な自分、じゃないとたぶん認めてあげられない。

でも自分はそんなよくできた人間じゃないのもよくわかってるし
わたしの求める完璧だって明確なものじゃない
というか完璧な人間なんて、ものなんて存在してないとも思う。

でもわたしはわたしが満足できる自分じゃないと嫌なんだ~~~!

だけどこの思想はとっても危険で、
わたしはこのせいで精神を病んでいたと言っても過言ではない。
いまは慣れてきたから自分ともなんとかうまく付き合ってるけど。

ちなみに、わたしは自分に完璧を求めるタイプの完璧主義で、
自分は全然ダメダメ不完全人間だと思ってるから
他人には全く完璧なんて求めない、求められないのでご安心を(?)

あと「自分のことがきらい」と「自分のことを大切にしない」
は別です。

「自分」のこと愛してあげてね、とは言えないけど
わたしは「自分」のことを大切にしてあげてねって言いたい。

だって「わたし」をこの世界に留めてくれているのは「自分」だから。

「自分」に見放された「わたし」はどこかへ飛んでってしまう。
「わたし」は風船だから、あ~~って。

飛んでったらどうなるのかなあ、
わたしはどん底まで病んだときも
自分が離さないでいてくれたからいまここにいるよ。

「わたし」も「自分」ももうどうでもいい!って
自暴自棄になってしまったらだめになっちゃうと思う。

「わたし」は「自分」なんて大っ嫌いって思っても
「自分」だけは「わたし」を離しちゃだめです!

自分のこときらいでも全然いいけど、大切にしてあげてねって、ことです!

とくにおんなのこは体?も大事にしてあげてください!
自暴自棄でいろんなひととえっちしちゃいますとかわたしは悲しくなりますよ…
(前にそんな内容のDM頂いたので。。)

ちょっとでも共感してもらえたりそうか~と思ってもらえたらいいなと思います!
こんなわかりにくい内容の文章を読んでくださりありがとうございます!
なるべくわかりやすくかいたつもり…精進します、

やまもとまい子より自分がきらいなおんなのこへ!

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