アイはアイマイモコ

終わることがわかっていることなんて、なんにも美しくないと思った平成最後の夏の始まり

 

愛されることのしあわせは、不確かすぎて怖くなる。

愛されたい、愛したいっていうのは
誰もが持ってる本能に近いものだと思う。

難しいことはわかんないけど、
「誰かを愛し愛されて、子孫を残す」
っていうことが、もう、プログラミングされてるんだと思う。

そんなこと言ってしまったら、愛になんのロマンもないんですけどね、
愛への過程はロマンチックであってほしいなとは思うのですが。

でもわたしにとって、愛って、怖い。

もちろん、愛を感じることはあるけれど、
信じきるには不確かすぎる存在だと思ってしまう。

愛って、神様みたいだなと思うんです。
一見大きくて、すべてを包み込んでくれるような、わたしを救ってくれる存在だ
と思うのだけれど、

その存在はとても曖昧。

でも、信じることで救われる、気がする。

神様がいれば、愛があれば、
と思うと少し希望が見えてしまう。

しあわせになれるんじゃないかと、
神様に、愛に、期待ができてしまう。

その希望と期待で、生きられるひともたくさんいると思います。
というか、ほとんどの人が、きっとそうなんだと思う。

だからこそ、たくさんの感情を持ち合わせてしまった
「人間」はここまで生きて来れたんだと思う。

愛っていう、すごくすごく曖昧で、不確かで、繊細で、危ういものを
確実で強靭な存在かのように信じて大切に生きてる人間の弱さが
強さとなって人間を生かしてる。

愛に希望と期待を見出して生きる
というのが、器用で上手な生き方なんですね、きっと。

でもわたしは全然上手に生きられない。
うまく生きるには不器用すぎるなと思う。

愛し愛されて、希望や期待を抱いても、
同時に、比例して不安が大きくなる。

わたしの曖昧な感情のなかで、
これだけは確実だと思ってることがあって、
それは、「永遠に続くものはない」、ということです。

だから永遠に愛され続けることも愛し続けることもできない。

いつか、離別、消失してしまう。
その「いつか」が不安すぎて、
しあわせになればなるほど、怖くて、
手放してしまいたくなってしまう。

わたしにとっては、「終わること」が一番永遠に近づく現象なんです。

永遠って「終わらないこと」のように思えて「終わること」だと思っていて、

例えば、付き合っていた男女が別れて関係が終わる、
それはもう二人の関係が今後「終わることがない」ということ。

終わることがないこと、はもうすでに終わっている、ということなんです。

でもこれは永遠に近づくだけで、人間は永遠ではないから
「永遠」自体は存在してないと思ってるんですけどね。

しあわせになるのが怖くて不安で
そのしあわせを手放そうとしてしまう
ってなんて不器用なんだ、と思います。

でも人を愛せないわけでは全然なくって、
実はめちゃくちゃ愛に溢れた人間なんですけど、
愛しすぎるが故の不安というか。。。

それが不器用ポイントですね。

そして「終わること」が永遠に近づく現象、とは言いましたが
何よりも「終わること」を恐れてる。
というか、「終わり」がわからないことを恐れてるんだと思います。

だから、「終わること」がわかっていることって、
イラストには美しくないと思った、と添えましたが
実はわたしにとってはすごく美しいのかもしれない。

「平成最後の夏」ってワードも、だからすきです。
終わりが見えてるってことは
覚悟ができる、準備もできるし、
終わったことに対する驚きも焦りもなくしてくれる。

突然終わる、のが一番怖い。
だから終わりを知りたいし、知ろうとしてしまうんですね。

だからわたしは愛の中にいるより
一人で恋してるほうが向いてるのかも~と思いました。

恋は他人に終わらせられることはないから。
まぁでも好きなら二人の恋愛に発展させたいですけどね。。
恋は愛すことはできても愛されないし、
やっぱり好きな人には愛されたいな~という
本能は、不器用さには勝てないですね。

だから不安になるってわかってても
恋愛したいなぁあ、と思ってしまう。

不安を少し拭ってくれるのもまた、愛なんですよね。

不器用なりにがんばって生きようと思うやまもとまい子でした!

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