みらいなんてみないで、

現実は、全然ドラマみたいにうまくいかないのは当たり前で
自分で張った伏線すら、回収できない。

自分の中で、他人に向けた台本作ったって、なんの意味もなくて
張ったはずの伏線は、誰に気づかれることも拾われることもなく
現実は進んでいく。

現実は予定も予想も、期待も、時には希望だって裏切るけれど、
それは決して悪い意味でだけじゃない。

事実は小説より奇なりって言うように、
現実はドラマ以上にドラマチックだったりする。

誰も知らない結末に向かって、すべてアドリブの現実は
それぞれがそれぞれの主観で見ているドラマなんだと思う。

それぞれが生きる現実だけがノンフィクションであって、
それは誰にも侵略できないもの。

一人の人間が組み立てたテレビドラマはすべてが結局は予定調和でしかない。
伏線だって、すべてきれいに回収されて終わりに向かう。
それはある意味美しいのかもしれない。
前回少しかいたように、終わりがみえているから。
でも、予定調和はドラマチックじゃない。

わたしはたまに、
ああ今この瞬間を、超ハイビジョンで録画してブルーレイに落として永久保存したい!!!
って思う瞬間がある。

それくらい、時に現実って美しい。
と同時に難しいな、とも思うのですが。

わたしは人と話す時、いつも緊張する。
会話はまさにアドリブ劇、即興劇みたいに感じてしまう。
どうにかおもしろみのある、少なくともこの輪を乱さない、
わたしのセリフ、タイミングはどこ!?って(笑)

自分で勝手に難しくしてるだけなのはわかってるんですけどね。
きっとそこまで考えて会話してる人って多分あんまりいないですよね。

だからよけいに、みんなすごいなーって。思う。
おもしろいなーって。

平凡さだってある意味ドラマだし、何気ない会話、が美しかったりする、
劇的なことだけがいい、なんて思ってないけれど
会話って一発勝負みたいに感じちゃっていつも正解を探ってしまう。

それで結局、探りすぎてタイミング逃がして
あ~いまのは失敗…とか後からこっちのセリフが正解だったな…とか思ってる。
正解なんてないんですけどね、きっと。

コミュニケーションが苦手なんですね~。ほんとに。
台本がほしい。

探り探りでギャグ入れても絶対スベるし、
笑えること言える人ってすご~って思う。

話がそれた。

ほんとは、今わたしの現実が美しい!
ってことがかきたかったのに。

この前、わたしのすきな人がわたしのことすきって言ってくれて!
しあわせだな~世界美しいな~ドラマだな~
って思ってかきはじめたのにがなぜかコミュニケーションの話になってました…

恋愛って、ドラマでもよく取り入れられる題材なのは、
現実でも二人にとってドラマチックだからだと思って。

そんなに、すっごい、劇的なことが起こったわけではないけど
恋が二人の恋愛に発展していく過程って、どんなに平凡でも劇的だと思う。

だって、こんなにたくさんに人がいる中からわたしを見つけてくれて
わたしも彼に気が付いて、お互い惹かれあうって、それだけでやっぱ、すっごい!

そこにはなんらかの過程っていうドラマがあって
しかもそれは二人にしか見れないなんて、
美しいな~~~

この前、愛は神様みたいってかいて、
曖昧で危ういともかいたけど
同時に尊い。

しあわせにも愛にも、不安は付きまとう、
でもその不安を払拭してくれるのも
またしあわせとか愛であるなって改めて感じてるところです。。

あと、わたしは自分の存在にすごく自信がないけれど
すきっていう言葉が、
わたしの存在を確かなものにしてくれるなって。
存在価値をくれる、一番の言葉は
すきな人からの「すき」って言葉かもしれないと思います。

終わることをつい、前提にしてしまいがちだけど
筋書なんて、しても意味がない、ないからこの世界は美しい

って思わせてくれた彼に感謝しないといけないな

未来の不幸を筋書いて、今、不安を感じる必要はきっとないし
いい意味で、未来なんて見ないで、
今を大切にしたいと思います。

惚気になっちゃった!!!すみません!(笑)

ちょっとポジティブになれたやまもとまい子でした!

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